イギリスの小説家ディヴァインの『すり替えられた誘拐』を読みました。
この物語の時代背景は1968年〜69年。
学生運動が活発なころとあり、ただでさえ問題が山積みの大学で、資産家の学生が誘拐される。
というストーリーなのだけれど、
タイトルにある通り、すり替えられてしまうのです。
何がすり替えられるのか?
学生が?犯人が?身代金が?
現代のSNSの要素はまったく使えない時代、わずかな手がかりと真っ直ぐな推理力だけがたより。
『すり替えられた誘拐』は予測不能な展開が待っているクラシカルな一冊です。
もくじ
『すり替えられた誘拐』|あらすじ
資産家の父を持ち、大学講師との関係が囁かれる問題児の学生バーバラ。
バーバラを取り巻く環境は、かなり特殊で緊張感に満ちている。
そんなある日、バーバラが誘拐されるというウワサが校内に広がり、彼女は本当にいなくなってしまう。
この誘拐は、予想された身代金の事件とは異なり、想像を超えた方向へと進展し、最終的には殺人事件へと変貌する。
原題と邦題
原題は『Death Is My Bridegroom』
直訳すると「死がわたしの花婿」
このタイトルは誘拐されるバーバラが小学生の時に書いた「詩」
「死がわたしの花婿、墓石がわたしの持参金」からきています。
邦題は『すり替えられた誘拐』
こちらのタイトルはストーリーそのもので、まさにぴったりなタイトルだなと思いました。
フーダニット|ホワイダニット
著者ディヴァインは「クラシカルなフーダニット・ミステリを追及した作家だ」と阿津川辰海さんの巻末解説に書いてありました。
フーダニットとは?
「Who done it?」からきた言葉。
「誰がやったのか?」を中心にストーリーが進行します。
特徴は
- 物語の初めに殺人や重大な犯罪が発生。
- 探偵や主人公が証拠や手がかりを収集しながら犯人を特定するプロセス。
- 読者は物語の進行とともに犯人を推理し、驚きの結末に期待。
代表的なキャラクターはシャーロック・ホームズ、エルキュール・ポアロなどだよ。
ちなみにもう一つ、ホワイダニットというミステリ用語もあります。
ホワイダニットとは?
「Why done it?」からきた言葉。
「なぜやったのか?」という、犯罪の背後にある動機や理由に焦点をおきます。
特徴は
- 犯罪の動機や背後に隠れた理由の深堀り。
- 犯人の心理的背景や感情的動機の詳細な描写。
- 社会的・哲学的テーマを取り入れた深い物語構造。
多くの心理的ミステリや社会派ミステリがこのカテゴリに該当するよ。
フーダニットとホワイダニットの違いを簡単にまとめると
これらのアプローチを持つミステリは、私たち読者にそれぞれ異なる楽しみ方を提供してくれます。
『すり替えられた殺人』はどんな小説?
『すり替えられた殺人』は、大学内での出来事を中心に、登場人物のキャラクターが描かれていきます。
- 素行不良なあの人
- 他力本願なあの人
- 大学内での人間関係
など、どんな性格でどんな経済状況なのかを少しずつ見せていき、
その後、噂レベルだった誘拐が本当に実行され、ついには殺人事件へと発展。
この辺りでは確実に「誰がやったのか?」のフーダニットミステリ。
ところが急に流れが変わり、
そこから「なぜやったのか?」のホワイダニットへと視点が移り、
そこに心理的恐怖のサスペンスも加わり、誰が犯人なのか見当もつかなくなっていきます。
著者|D・M・ディヴァインの紹介
著者:David McDonald Devine / ディヴィッド・マクドナルド・ディヴァイン
1920年5月31日 | スコットランドのグリーノックで生まれる。 大学卒業後、セント・アンドリュース大学で事務職員として働く。 |
1961年 | 『兄の殺人者』/『My Brother’s Killer』で作家デビュー |
1980年 | 永眠 |
作家生活約20年の間に13冊発表されています。
発表年 | タイトル | 日本での出版 | |
1 | 1961年 | 『兄の殺人者』 My Brother’s Killer | 1994年、2010年 |
2 | 1962年 | 『そして医師も死す』 Doctors Also Die | 2015年 |
3 | 1964年 | 『ロイストン事件』 The Royston Affair | 1995年 |
4 | 1965年 | 『こわされた少年』 His Own Appointed Day | 1996年 |
5 | 1966年 | 『悪魔はすぐそこに』 Devil at Your Elbow | 2007年 |
6 | 1967年 | 『五番目のコード』 The Fifth Cord | 1994年 |
7 | 1968年 | 『運命の証人』 The Sleeping Tiger | 2021年 |
8 | 1969年 | 『すり替えられた誘拐』 Death Is My Bridegroom | 2023年 |
9 | 1970年 | 『紙片は告発する』 Illegal Tender | 2017年 |
10 | 1971年 | 『災厄の紳士』 Dead Trouble | 2009年 |
11 | 1972年 | 『三本の緑の小壜』 Three Green Bottles | 2011年 |
12 | 1973年 | 『跡形なく沈む』 Sunk Without Trace | 2013年 |
13 | 1981年 | 『ウォリス家の殺人』 This Is Your Death | 2008年 |
1969年に発表された『すり替えられた誘拐』は、13冊中で8冊目の作品です。
日本での翻訳は作品の発表順を追っていないため、
『すり替えられた誘拐』は2023年5月、つまり発表から54年後に翻訳されました。
すごい!
出版に携わった方々に心から敬意を表します。
これにより、ディヴァインの全作品が日本語に訳されたことになります。
費やされた歳月を思うと、ディヴァインという作家がとても特別であることが理解できます。
まとめ
著者ディヴァインはフーダニット・ミステリを追求した作家。
この『すり替えられた誘拐』はディヴァイン最後の翻訳作品。
54年前に書かれたとは思えないほど、現代にも通じる心理描写にいろいろと考えさせられる物語でした。
この本は、クラシックな推理小説がお好みの人にはおすすめの1冊です!
小学生でこんな思想が出来上がっているのにはワケがありそうね。