ジョン・ディクスン・カーの『蠟人形館の殺人』を読みました。
数多くあるカー作品の中でも、特にホラー的な雰囲気が漂う「蠟人形館」に惹かれ、この一冊を手に取ることにしました。
まだまだ未読の作品も多いのですが、
これまでに
- ギディオン・フェル博士
- ダーモット・キンロス博士(ノンシリーズ)
- アンリ・バンコラン予審判事
と代表的なキャラクターが登場する作品を一つずつ読み終えました。
あとはヘンリー・メリヴェール卿の作品を残すのみです。
ちなみに、ヘンリー・メリヴェール卿のシリーズはペンネームであるカーター・ディクスン名義で書かれています
この小説は、アンリ・バンコランが登場するミステリーシリーズの一作で、パリの蠟人形館を舞台に、閉じ込められた館の中で発生する不気味な殺人事件が描かれています。
今回の感想では、この不可能犯罪に迫りながら、カーが描く独特の世界観を探っていきたいと思います。
著者紹介
【著者】
ジョン・ディクスン・カー
John Dickson Carr
1906年11月30日 – 1977年2月27日
生誕地: アメリカ合衆国、ペンシルベニア州
<不可能犯罪の巨匠>といわれる
ジョン・ディクスン・カーは、アメリカ出身の推理作家で、「不可能犯罪」や「密室殺人」をテーマにした作品で特に有名です。
アメリカで生まれた彼は、後にイギリスに移住し、人生の大部分をそこで過ごしました。彼の多くの作品は、イギリスを舞台に展開されています。
書籍紹介
【書籍名】
『蠟人形館の殺人』
原題:The Waxworks Murder
イギリス版タイトルは The Corpse in the Waxworks
訳者:和爾桃子
出版社:東京創元社
初版:2012年3月23日
ページ数:321ページ
文庫本
1932年に出版されたジョン・ディクスン・カーの作品で、アンリ・バンコランが登場するシリーズの4作目にあたります。
あらすじ
物語の舞台はパリ
パリの有名な蠟人形館で、若い女性の死体が発見されるという不気味な事件が発生します。
死体は、恐怖をテーマにした蠟人形が展示されている部屋で見つかり、まるで展示の一部のように配置されていました。
奇妙なことに、その女性がどうやって蠟人形館に入り、殺害されたのかは謎のままです。
この事件に、予審判事アンリ・バンコランが挑みます。
アンリ・バンコランの職業は予審判事
アンリ・バンコランは、フランスの予審判事(juge d’instruction)として働いています。
その一方で、彼は名探偵のような役割も果たしています。
単に捜査の指揮や監督にとどまらず、自ら現場に足を運び、証拠を集め、容疑者を追い詰めるといった積極的な捜査活動を行う点が、バンコランの面白い特徴です。
仮面をつけたクラブの謎
物語には、蠟人形館の他に「仮面をつける社交クラブ」も登場します。
このクラブでは、参加者全員が仮面をつけており、顔を隠して誰が誰か分からないようになっています。
仮面によって匿名性が保たれたこの場では、メンバーは素性を隠しつつ、自由に交流を楽しむことができます。
そして、この社交クラブでも、ついにおぞましい事件が発生します。
それはまるで、仮面の裏に潜む人々の本性が表れたかのように…。
感想
ミステリーの世界では、物語のクライマックスで「隠された真実」をどう明らかにするかが、最大の山場ですよね。
誰が味方で、誰が敵なのか、目的や動機は何だったのか――
それらが一気につながり、謎に近づく瞬間は、読んでいてとても爽快です。
この『蠟人形館の殺人』は、最初は淡々とした展開で始まり、なぜ殺人が起こったのか全く見えませんでした。
しかし、物語が進むにつれて緊張感が高まり
ラストでは、アンリ・バンコランが畳み掛けるように推理を進め、最後に犯人に心の決着をつけさせるその手腕は、ただただお見事でした。
今回は、罪を犯さざるを得なかった理由が明かされるにつれ、その人物の心情に少し同情を覚えました。
抱えていた苦悩や背負っていたものを知ることで、単純に『悪』と断罪できない人間的な一面が見えてくるのです。
さらに、謎が解ける一方で、犯人の心の痛みと共に、被害者が抱えていた蓄積された感情や苦しみも感じ取れ、ただ謎を解くだけでは終わらない深い感情が胸に湧き上がりました。
結局のところ、誰もが傷つき、何かを失ったという切なさが心に残ります。
この作品は、謎解きの楽しさだけでなく、登場人物たちの内面に深く迫り、私の心に強い余韻を残すものとなりました。
バンコランシリーズの長編作品
『夜歩く』(It Walks By Night, 1930年)
『絞首台の謎』(The Lost Gallows, 1931年)
『髑髏城』(Castle Skull, 1931年)
『蠟人形館の殺人』(The Corpse in the Waxworks, 1932年)
『四つの兇器』(The Four False Weapons, 1937年)
ミステリーファンはもちろん、人間ドラマに惹かれる方にもぜひ手に取っていただきたい一冊です