アレックス・マイクリーディーズのデビュー作『サイコセラピスト』を読みました。
原題は『The Silent Patient』
実は2作目である『ザ・メイデンズ ギリシャ悲劇の殺人』の方を先に読んでいて、その独特の緊張感と心理描写に引き込まれたため、デビュー作も自然と読んでみたくなりました。
今回読んだ『サイコセラピスト』は、予測不能で期待以上の展開が待ち受けていて最高の読後感でした。
主人公のサイコセラピスト(心理療法士)の視点で物語が進んでいくので、彼が抱える悩みや患者との会話もリアルに感じられました。
それと、幼少期に受けた心の傷やトラウマが、その後、人の心の奥深いところにどう影響していくのかを描いているところはすごかったです。
ぜひ読んでほしい1冊です。
もくじ
著者と作品情報
著者
Alex Michaelides
アレックス・マイクリーディーズ
生年: 1977年
出身地: キプロス
ギリシャ系キプロス人の父とイギリス人の母の間にキプロスで生まれる。
- ケンブリッジ大学で英文学を専攻
- 小説家および脚本家として活動
- ロサンゼルスのアメリカン・フィルム・インスティテュートで脚本修士号を取得
3年間心理療法を学び、若年成人向けの安全な施設で2年間働く。この仕事は、彼のデビュー作の材料とインスピレーションとなった。
日本語タイトル
『サイコセラピスト』
意味は「心理療法士」です。
訳者:坂本あおい
出版:早川書房
発売日:2019年
ページ数:353ページ
原タイトル
『The Silent Patient』
ザ・サイレント・ペイシェント
意味は「沈黙の患者」です。
このタイトルは、ある人物が「一言も話さずに沈黙を守り続けていること」に由来しています。
日本語タイトルでは、患者を担当する心理療法士がタイトルになっていますが、原題では沈黙する患者側がタイトルです。
焦点が全く真逆に当たっているところが面白いですね。
あらすじと物語の設定
『サイコセラピスト』の舞台は、ロンドンにある精神科施設。
語り手は心理療法士のセオ・フェイバー。
彼はアリシア・ベレンソンという、夫を射殺しそれ以来ずっと沈黙を続けているというこの患者のケースに強い興味を抱きます。
物語の舞台はほぼ精神科の施設の中。

アリシアは成功した画家であり、彼女の事件は世間を騒がせましたが、動機や真実は不明のまま。
事件以来は言葉を失くす。
一切しゃべろうとしない。
でも唯一の自己表現として、ギリシア悲劇の〈アルケスティス〉という自画像を1枚だけ描く。

この〈アルケスティス〉にどんな意味が隠されているのか・・・・。
あと、この小説は、まあまあの数のキャラクターが登場し、それぞれがそれなりに過去を抱えているので、なかなかの複雑さです。
この本を読んで、心の深層に潜む記憶や人間の心理の複雑さについて深く考えさせられました。
ギリシャ神話の悲劇の三巨頭
1作目も2作目もふんだんに「ギリシア」が出てきます。
特に「ギリシア神話の悲劇」が。
今回は、エウリピデスの〈アルケスティス〉が軸にありました。
そこで古代ギリシア神話の悲劇を語る上で欠かせない3人の詩人をご紹介します。
1. アイスキュロス (Aeschylus)
紀元前525年頃 – 紀元前456年
アテネの貴族階級出身
- 主な特徴: 悲劇の形式を確立し、壮大なテーマを取り扱う。
- 代表作: 『アガメムノン』『エウメニデス』など。
- 魅力: アイスキュロスは、ギリシャ悲劇の形式を発展させた革新者です。作品は、正義や復讐といった壮大なテーマを扱い、重厚な物語が展開されます。
2. ソフォクレス (Sophocles)
紀元前497年頃 – 紀元前406年頃
政治家としても活躍した
- 主な特徴: 運命や神々の意志、道徳的なテーマを描くのが得意。
- 代表作: 『オイディプス王』『アンティゴネ』など。
- 魅力: ソフォクレスの作品は、避けられない運命に翻弄される人々の姿を描いており、そのドラマティックな展開が魅力です。道徳的なテーマも多く、深く考えさせられる内容が特徴です。
3. エウリピデス (Euripides)
紀元前480年頃 – 紀元前406年
アテネの商人の家に生まれる
- 主な特徴: 人間の心理や感情に焦点を当てたリアルな描写が特徴。
- 代表作: 『メデイア』『バッカイ』『ヒッポリュトス』など。
- 魅力: エウリピデスの作品は、登場人物たちの内面に深く迫り、複雑な感情の葛藤がリアルに描かれています。現代の観客にも共感しやすいテーマが多く、理解しやすい作風です。
ディオニソス劇場で上演
主にアテネの「ディオニュシア祭」や「レナイア祭」といった大規模な祭りの際に劇を上演していました。
会場のディオニソス劇場はアテネのアクロポリスの斜面を利用して建造。
ギリシア最古の劇場であり、紀元前6世紀に木造で建築され、その後紀元前4世紀に大理石造りに改築されました。
収容人数は約1万7000人。

これらの祭りは、アテネの重要な宗教行事であり、特にディオニュシア祭はディオニュソス神(酒と演劇の神)を讃えるためのものでした。
劇の内容は、神々との関係、人間の運命、道徳的な葛藤など、深いテーマを扱うことが多く、観客に強い影響を与えたそうですよ。
〈アルケスティス〉のテーマは自己犠牲と愛
〈サイコセラピスト〉の本編では
3のエウリピデスの作品の一つ〈アルケスティス〉がモチーフになっています。
〈アルケスティス〉はギリシャ悲劇の中で少し異色の存在!
〈アルケスティス〉は自己犠牲と愛という普遍的なテーマを扱っているため、ギリシャ悲劇の中では非常に興味深い作品として評価されています。
愛がどれほど強力なものであり、同時にどれほど複雑であるか・・・・
これが、知らないうちに悲劇へと変容していくのです。
感想まとめ
夫を殺した罪で逮捕された後、一言も話さなくなった女性アリシアと、彼女の沈黙の謎を解明しようとする精神科医セオの視点から展開されていく物語。
エウリピデスの悲劇を引用しつつ、現代の心理療法や精神分析の要素が巧妙に織り交ぜられています。
この本の最大の魅力は、細部にわたる緻密なプロットと、登場人物たちの深い心理描写だと思います。

この「緻密なプロット」が、パズルのピースのようにカチッとハマる瞬間がきます。
私の場合は「え?これってもしかして、そんな!」というワクワクした驚きと共にやってきました。
心理スリラーが好きな方、または人間の心理の複雑さに興味がある方には、ぜひ一読をお勧めします!
Alex Michaelidesの作品集
【Bibliography/書籍情報】
- 『The Silent Patient』 – 2019年
- 『The Maidens』 – 2021年
- 『The Fury』 – 2024年
3作目の『The Fury』
これも楽しみですね。

今回の『サイコセラピスト』は、心理スリラーの傑作です