シャーリー・ジャクスンの『ずっとお城で暮らしてる』を読みました。
この本は以前からずっと気になっていたのですが、ついついミステリ小説を優先してしまい、なかなか手に取る機会がありませんでした。
でも、ずっとミステリばかり読んでいると、ふと別のジャンルも読んでみたくなるもので、今回がちょうどそのタイミングだったので、ようやくこの小説を手に取りました。
『ずっとお城で暮らしてる』は、ホラーやミステリに近いものの、より独特なジャンルの物語と感じました。
日常に潜む静かな恐怖や、閉ざされたお屋敷の中で暮らす姉妹の奇妙な生活が、美しい言葉使いとのギャップによって、不思議な緊張感を伴って描かれています。
ミステリ脳の私としては、つい犯行の動機や犯人探しをしてしまいがちですが、シャーリー・ジャクスンはそれを許してくれません。
陰鬱な空気の中で姉妹の心理を読み取りながら、ただ物語に浸るしかないのです。
その結果、独特な読後感が残りました。ここからは、その感想を綴っていきたいと思います。
書籍紹介
タイトル:『ずっとお城で暮らしてる』
著者:シャーリー・ジャクスン
訳者:市田 泉
発行日:初版2007年8月24日、16版2024年5月31日
出版社:東京創元社
文庫本:254ページ
Title: 『We Have Always Lived in the Castle』
Author: Shirley Jackson
Publication Year: 1962
著者シャーリー・ジャクスンとは?
シャーリー・ジャクスン
(Shirley Jackson)
1916年にカリフォルニア州サンフランシスコ生まれ
ニューヨーク育ち
1965年に48歳で永眠
アメリカの小説家・短編作家で、主に不気味で心理的に緻密なホラーやサスペンスの作品で知られています。
ジャクスンは1948年に発表した短編『The Lottery』 (くじ) によって一躍有名になりました。この物語は小さな村の伝統的な儀式をテーマにしており、何気ない日常の裏にある非情な人間性を衝撃的に描き、アメリカ社会に大きな議論を巻き起こしました。
【その他の代表作】
『丘の屋敷』
『The Haunting of Hill House』(1959)
謎めいた超常現象の噂が絶えない古い屋敷に集まった4人が、次第に不気味な出来事に巻き込まれていくホラーストーリー。
『ずっとお城で暮らしてる』
『We Have Always Lived in the Castle』(1962)
他の家族が殺されたお屋敷で、閉鎖的に暮らしている姉妹の話。
『何でもない一日』
悪意と恐怖で満ちている23の短編集と5編のエッセイ。
日常の裏に潜む恐怖を描くことに長けた作家であり、特に『くじ』や『丘の屋敷』といった作品で有名です。ジャクスンの作品は、その曖昧さや暗示的な描写によって、読む人によってさまざまな解釈が可能であり、それがジャクスンの作風の魅力の一つのように思えます。
『ずっとお城で暮らしてる』の簡単なあらすじ
【主な登場人物】
- メアリ・キャサリン・ブラックウッド(メリキャット)語り手で主人公の少女
- コンスタンス・ブラックウッド(コニー)メリキャットの姉
- ジュリアン・ブラックウッド・・姉妹の叔父
- チャールズ・ブラックウッド・・姉妹の従兄
- 猫のジョナス
物語は、語り手であるメリキャットとその姉コンスタンスが、村人から嫌われ、親類からも孤立して暮らしている様子から始まります。
かつて家族が毒殺される事件があり、それ以来、二人はその事件現場である屋敷に引きこもり、外界と距離を置いて生活してきました。
特に妹のメリキャットは、村人たちへの強い不信感と、家の外に出ることへの深い恐れを抱えています。
そんなある日、従兄のチャールズが現れ、彼女たちの閉ざされた生活に無理やり割り込んできて・・・。
ブラックウッド家の生活
ブラックウッド家は、代々続く由緒正しい裕福な家系であり、伝統と格式を重んじる一家だということが読んでいて伝わってきます。
メリキャットたちが住む屋敷や庭は広々としており、家具や装飾品も高価で、金庫には多くの財産が残されています。
そのため、彼女たちは働くことなく、屋敷に引きこもって暮らし続けることができるのです。
さらに驚くことに、屋敷には私道があり、立派な家構えが周囲と一線を画し、外部との距離感を強調しています。
現在、一緒に暮らしているのは、姉妹と毒殺事件で生き残った叔父さんの3人、そして猫のジョナス。
彼女らはあえて好んで孤立した生活を選び、その閉ざされた生活ぶりが、物語に不気味で不安な空気を漂わせています。
閉ざされた生活
メリキャットが12歳の時に家族が毒殺されました。
そのため彼女たちは心に傷を負い、噂好きの外部との接触を避けるようになったのは致し方ないことかな……
と思っていたのですが、
誰が毒殺したのか?
なぜ毒殺されたのか?
など、こういった真相が言葉の中から徐々に明らかになるにつれ、ブラックウッド家の「閉ざされた生活」が単なる被害者の防衛策ではなく、どこか異常なものとして浮かび上がってきます。
メリキャットのどこか空想的な精神状態や、姉コンスタンスが彼女に寄り添い続ける様子には、単に悲劇を背負った家族の絆以上の、何か別の影が見え隠れするのです。
果たしてこの家族に起きた悲劇は何を意味するのか?
そして、彼女たちの閉ざされた生活の背後にある真実とは……?
二人だけの世界
ある日、従兄のチャールズがやって来て、その日から強引に屋敷に居座り始めます。
彼はブラックウッド家の豊かな財産を知っていて、どうしても自分の手に入れようと目論んでいたのでしょう。
チャールズの登場によって、外部の社会から完全に隔絶された姉妹の暮らしが際立ち、物語の不安感や閉塞感が一層強調されます。
では、なぜメリキャットは「外の世界」との断絶を望んだのでしょうか。
彼女の幼少期が少しだけ描かれていますが、両親から厳しい規範や躾に縛られていた様子がうかがえます。
この家庭環境が、彼女の反抗的な性格や現実逃避の一因となり、最終的には、好きなものだけに囲まれた「二人だけの世界」を作り上げたのだと感じました。
総評・感想
『ずっとお城で暮らしてる』は、表面的な恐怖ではなく、静かに心に残る不安感を描いた一冊です。
物語を読み進めるうちに、メリキャットが実は幽霊で、まだ自分が生きているかのように暮らしているのではないかと思わせる瞬間もありました。
姉妹の無邪気で微笑ましい生活は、外部の世界から切り離された孤立したもので、その孤独感が一層際立っています。
メリキャットは18歳、姉のコンスタンスは28歳。この二人が、今後もずっとお屋敷(お城)で二人だけの生活を送り続けるのだとしたら・・・
これを予想させる点が、単なる心理的ホラーとは一線を画していると感じました。
メリキャットとコンスタンスの強い絆、そして不気味でありながらも美しく感じられるその世界観は、二人の関係と周囲との緊張が生み出したものです。
この不思議な物語、ぜひ触れてみてください。