ウィル・リーチの『車椅子探偵の幸運な日々』を読みました。
この本は、脊髄性筋萎縮症(SMA)を持つ主人公ダニエルが、玄関から見た奇妙な出来事に巻き込まれるストーリーを描いています。
タイトルに「探偵」とあるけれど、シャーロック・ホームズのように事件を追いかけていくのではなく、あくまでダニエルの日常生活が中心に進んでいきます。
なので、主軸はヒューマンドラマで、その中にミステリーが加わっているという印象です。
最後は「幸運」とはどういうことなのか、ダニエルがたっぷり語ってくれます。
心温まるお話ですよ。
原題は『How Lucky』
原題:『How Lucky』2021年
著者:Will Leitch
1975年10月10日イリノイ州生まれ
現在はジョージア州アセンズ住、デザイナーの妻と二人の息子がいる
邦題:『車椅子探偵の幸運な日々』2024年
著者:ウィル・リーチ
訳者:服部京子
発行:早川書房
ページ数:349ページ
あらすじ|感動とスリルが融合
ダニエルは、SMAの影響で身体が動かない26歳の青年。
ジョージア州アセンズに住んでいて、仕事は航空会社のクレーム担当係で自宅でのリモートワーク。
毎日、自宅玄関のポーチから外の世界を観察するのを楽しみの日課にしている。
そんなある日、ダニエルは見知らぬ車に乗り込む近隣の若い女性を目撃してしまう。
数日後、その彼女が行方不明だと知り、SNS上に目撃情報を投稿する。
すると謎の人物からメールが届くようになり・・・。
サスペンスフルなのに最後は感動で終わる、新感覚ミステリです。
脊髄性筋萎縮症 (SMA) とは
ダニエルが患っている脊髄性筋萎縮症 (SMA) とは、筋疾患の一種で、運動神経細胞の減少と機能不全などにより引き起こされます。
SMAは主に赤ん坊が罹りこれにより筋肉が萎縮し筋力が低下(筋緊張低下)
ダニエルはこの兆候が1歳半のころに現れました。
病名は慢性小児型、II型のSMA
脚に力が入らないため立つことができず、つまりこの先ずっと歩くことはできません。
それは怪我を負った結果動かなくなるのではなく、生まれながらかかえている遺伝性疾患。しかも進行性なので、発病したらどんどん悪くなっていく。
そして医者からは「長生きできない」と宣告されているのですが、ダニエルは26歳になりました。
主な特徴と症状
- 筋力低下と萎縮: 体幹や四肢の筋肉が萎縮し、徐々に筋力が低下します。
- 呼吸困難: 呼吸筋も影響を受けるため、呼吸が困難になることがあります。
- 飲み込みの問題: 食事中に誤嚥するリスクが高まります。
- 運動能力の喪失: 歩行、座る、手を動かすなどの基本的な動作が難しくなります。
ダニエルの現在
- 左手は割とスムーズに動きスプーンも持てるが、右手はもうほとんど動かない。
- 左手を使って電動車椅子を操作する。
- 21歳の時ベッドから落ちて顎をひねったため、それから話せなくなってしまう。
- 車椅子に装着しているiPadにテキスト読み上げソフトが入っていて、これが会話代わりとなっている。あとはテキストメッセージを利用。
【支援】
- 専属の介護士が午前中と夜(一日に2回)に来てくれる
- 朝から夜にかけては、ダニエルが無事かどうか見に来てくれる人がいる
介護士への支払いと機器の費用は以下のプログラムから賄っている。
- メディケイト・プログラム(低所得層向け医療保険制度)
- 民間会社の保険
- ゴーファンドミー(アメリカのクラウドファンディング・プラットフォーム)
ダニエルは航空会社のクレーム担当係で働いているので、家賃などはお給料から出している(母と折半という形で)
挑戦し続けるダニエル
SMAであるということは、一人で生きていくことはできません。
食事も着替えもトイレも何もかも誰かの手助けが必要とされます。
寝る時も起き上がる時も、常にヘルプがないと動けません。
咳一つするにも筋力が必要で、タンが絡んでも自分で咳ができないと窒息死する恐れもあるということを知り、本当に死と隣り合わせの生活なんだと思い知りました。
でもダニエルは「自分の身に起きたことを受け入れることで挑戦が始まる」と言います。
何ができて、何ができないかを見極めるんだと。
ダニエルと彼を支える介護士や友人や家族との関係性、新たに出会う人々との絆もこの物語の醍醐味となっています。
そしてこの小説で最もダニエルを象徴しているのが「自分にも自分の人生があるように、母にも母の人生がある」という考え方だと感じました。
だから母には「自分の世話をして終わる人生ではなく母自身の人生を送ってほしい」との思いからダニエルは自活する道を選びます。
もちろん自活と言っても、生活はヘルパーさんにお願いします。
母とは住む家も別々です。
頼るところは頼るけど、家族に依存しない生き方を選択します。
受け入れると、こうも強く生きられるんだと考えさせられました。
原題のタイトルは『How Lucky』
なんて幸運なことだろう!とダニエルはよく言います。その幸運は心に訴えてくるものがありました。
感想まとめ
この作品は、著者ウィル・リーチの息子さんのお友達が神経筋疾患と診断されたことをきっかけに書かれた小説です。
障がいを持つ人々の生活や社会での位置づけなど、著者ならではの視点を通し深い社会的テーマで扱われています。
脊髄性筋萎縮症(SMA)である日常生活の困難や、それを受け入れ挑戦していくダニエルの心境が詳しく描かれていて、大変だなと思う一方どこかユーモアも感じてしまうほどの明るさもあります。
だからなのか読了後自然と笑顔になっているという。
『車椅子探偵の幸運な日々』は、ミステリーのスリルと感動的なヒューマンドラマの両方を楽しみたい人にぴったりです。
また、ユーモアや障がいに関する理解、社会的テーマに興味がある読者にもおすすめの1冊です!