本を選ぶとき、これはどんなテーマの本なのか?と、帯を読んだり裏表紙のあらすじを読んだり チェックするのが楽しみの一つ。
今回読んだ『終着点』は、サスペンスの雰囲気をまといつつ、社会派のテーマがじんわりと効いてくる作品でした。

ミステリとして紹介されていることも多いけれど、読み進めるうちに「これはミステリなのかな?」と考えさせられるような展開に。
ストーリーの流れも独特で、時間軸が行ったり来たりしながら進んでいくのが印象的。
新しい場面が描かれるたびに、少しずつ違う角度から物語が見えてくるのですが、それがすべて一つの「答え」に向かうわけではありません。
むしろ、「何が起きたのか?」よりも、「どうしてそうなったのか?」をじっくり考えさせられる一冊でした。
そんな作品を読んで感じたことを、これから綴っていきたいと思います。
邦題:『終着点』
著者:エヴァ・ドーラン
翻訳:玉木亨
発行日:2024年8月23日
出版社:東京創元社/創元推理文庫
ページ数:539ページ
ジャンル:社会派サスペンス
Title: 『This Is How It Ends』
Author: Eva Dolan
Publication Year: 2018
Country of Release: United Kingdom
Category: Psychological Thriller / Social Crime Fiction / Suspense
作者紹介|

エヴァ・ドーラン(Eva Dolan)について
出身:イギリス・サセックス州生まれ
現在ケンブリッジで暮らす。
経歴:コピーライターやポーカープレイヤーとしても活躍
作風:社会派サスペンスやクライムフィクションを得意とし、現代社会の問題を背景にした作品が特徴
デビュー作:Long Way Home(2014年)で高く評価され、英国推理作家協会(CWA)賞の候補に選出
簡単あらすじ

ロンドンを舞台に、ジェントリフィケーションという現実の問題を背景に、エラとモリーという異なる世代の女性を通して語られるサスペンス+社会派フィクションの物語。
第一部は、「モリーの現在」「エラの過去」 と言う時間軸でつづられていく。それぞれの時間軸が交互に描かれ、物語が進むにつれて二人の接点が少しずつ近づいていきます。
第二部に入ると、過去が追いつき「現在」へと一本化され、ついに全体像が明らかに。
タイトルの『終着点(This Is How It Ends)』の通り、まさに「それはこうして終わる」という形で幕を閉じます。

ジェントリフィケーション(gentrification)とは
都市再開発によって地価や家賃が上昇し、元々住んでいた住民が立ち退きを余儀なくされる現象のこと
特にロンドンやニューヨークなどの大都市で問題視されている社会現象で、新しい富裕層や開発企業が進出することで、低所得者層や長年住んでいた住民が住み続けられなくなるという状況を指します
『終着点』は倒叙ミステリの形をとっている?
巻末の解説によると、本作は倒叙ミステリのスタイルにのっとって進行しているとのこと。
英語では Inverted Mystery(インヴァーテッド・ミステリー)と呼ばれます。
倒叙ミステリとは、物語の最初に犯人や事件の全貌が明かされ、その後、探偵や警察がどうやって真相にたどり着くのかが見どころになるミステリーのこと
一般的な「犯人探し」とは逆の構成で「犯人がどう追い詰められるのか?」がポイントとなる作品です。
【倒叙ミステリの面白いところ】
- 犯人側の焦りや計算がスリリング
- 「証拠はないのに確信はある」状態での知恵比べ
- 探偵側ではなく犯人目線で「逃げ切れるか?」を考えながら読む

『終着点』も、たしかにこの倒叙形式に近いように思えます。でも、読んでみると、少し違った印象を受けました。
物語はある事件を発端に、それに関わる二人の女性(エラとモリー)の視点が描かれていきます。
本作の焦点は「犯人が追い詰められていく過程」ではなく、「エラとモリーの視点から浮かび上がる真実の違い」にあるような気がします。
事件の解明というよりも、登場人物の選択や背景にスポットが当てられている印象です。
倒叙ミステリの枠には収まりきらない『終着点』。
それぞれの視点を通して何が見えてくるのか・・。そんなことを考えさせられる一冊でした。
「柔和な人が地を継ぐ」|モリーの言葉が問いかけるもの
物語の中で印象的だったのが、エラとモリーが「業(カルマ)」について語る場面。
エラが「業の報いはあるのか」と尋ねると、モリーはこう答えます。
業というのは人びとが反撃してこないように体制が一般大衆に売り込んでいる嘘っぱちよ。“柔和な人が地を継ぐ”って聖書のたわごとの焼き直し。
まるで世の中の仕組みを冷静に見抜いているかのような言葉。このセリフが、エラとモリーの価値観の違いを象徴しているように感じました。
「柔和な人が地を継ぐ」というのは、どうやら聖書(マタイによる福音書)に由来しているようです。この言葉には、「穏やかで控えめな人こそ、最終的に報われる」という考えが込められているのだとか。

つまり、力や暴力ではなく、忍耐や従順な心を持つ人が、やがて幸せを手にするという価値観です。
でも、モリーはこれを違う視点で捉えています。「人々が逆らわないように、権力側が都合よく広めた考えに過ぎないのでは?」と。
たしかに「耐えていれば、いつか報われる」というと、聞こえはいいけれど、本当にそうなのか?と疑問を持つこともできます。
モリーのように、それを一歩引いて疑問視する視点も大切なのかもしれません。
「従順な人が最後に勝つ」とは限らない。でも、だからといって、「強い者だけが生き残る」わけでもない。そんなことを、この言葉を通して考えさせられました。
まとめ|どんな人におすすめ?
『終着点』は、王道のミステリーというよりも、社会派サスペンスの色が濃い作品です。
時間軸が交差する構成や、登場人物の心理描写をじっくり味わいたい人には楽しめると思います。


サスペンス+社会派好きの人におすすめです