アガサ・クリスティーの「ナイルに死す」新訳版(2020年)を読みました。
この小説は1937年に発表され、エジプトのナイル川を舞台にした、エルキュール・ポアロを主人公とするミステリー小説です。
今回私は、先に映画「ナイル殺人事件」を観て、ちょっと気になったところ(分からなかったところ)があったので、直後に小説も読んでみることにしました。
その両方の感想もまとめてみたいと思います。
もくじ
『ナイルに死す』書籍情報
タイトル: ナイルに死す
原題: Death on the Nile
著者: アガサ・クリスティー (Agatha Christie)
国籍: イギリス
出版年: 1937年
ジャンル: 推理小説、ミステリー
主人公: エルキュール・ポアロ (Hercule Poirot)、ベルギー人探偵
物語の舞台: エジプト、ナイル川、豪華客船カルナック号
「ナイルに死す」のあらすじ
あらすじ
若くて美しい富豪リネット・リッジウェイは、新婚旅行でエジプトを訪れていた。
楽しいはずの旅には、ただ一つ心配事があった。
それは、夫の元婚約者が銃を手にし、行く先々で二人を追い回していることだった。
不吉な予感が漂う中、ナイル川を進む豪華客船で、ついに悲劇が訪れる。
偶然同じ船に乗り合わせていた名探偵エルキュール・ポアロは、その謎を解明するために動き出す。
嫉妬、裏切り、愛憎が絡み合う中、ポアロは容疑者たちの複雑に絡み合う人間関係を解き明かしていく。
主な登場人物
- リネット・リッジウェイ: 若く美しい富豪の女性
- サイモン・ドイル: リネットの夫
- ジャクリーヌ・ド・ベルフォール: リネットの友人であり、サイモンの元婚約者
- エルキュール・ポアロ: 名探偵
- アンドリュー・ペニントン:リネットの財産管理人
- ルイーズ・ブールジェ:リネットのメイド
- サロメ・オッターボーン:作家
- ロザリー:作家の娘
- グイド・リケッティ:考古学者
ナイルの美しい風景と豪華客船カルナック号
物語の舞台は、エキゾチックなエジプト。
ナイル川を遡る豪華客船カルナック号が物語の中心です。
この閉ざされた空間で展開される人間ドラマは、緊張感をさらに高めます。
エジプトの壮大な風景描写は、単なる背景ではなく、物語の雰囲気を大きく支えています。
登場人物たちの複雑な人間関係
小説を読むと、映画では見落としていた部分をより深く理解できました。
なぜ彼らがそのような行動を取ったのかが伝わってきます。
登場人物たちの間に生まれた複雑な感情が、物語全体を動かす大きな力となり、最終的には避けられない悲劇へとつながっていきます。
彼らの選択や行動が、どのようにして破滅的な結果を招いたのか、人間の心理の奥深さと弱さを改めて感じさせられました。
小説に登場する「アブ・シンベル神殿」
やっぱりナイル川クルーズでの大きな楽しみ方は、下船して色々と見学するところではないでしょうか。
小説の中でも映画の中でも下船してアブ・シンベル神殿を見学するシーンが描かれています。
- 場所: エジプト南部のナイル川沿い、スーダンとの国境近くにあります。
- 建設者: 古代エジプト第19王朝のファラオラムセス2世によって紀元前13世紀に建設。
- 目的: ラムセス2世と彼の妻ネフェルタリを称えるため、そしてエジプトの権力を誇示するために建てられました。
特徴
- 巨大な像: 神殿の入口には、高さ約20メートルもあるラムセス2世の座像が4体並んでいます。
- 内部の彫刻: 神殿の中には、戦いの場面や宗教的な儀式を描いた彫刻がたくさんあり、エジプトの歴史や文化を伝えています。
神殿の移設
1960年代、アスワン・ハイ・ダムの建設により、ナイル川の水位が上昇し、神殿が水没する危機に直面しました。
そこで、ユネスコの主導のもと、神殿を現在の場所に移設する大規模なプロジェクトが行われました。
この移設は世界中で注目を集め、アブ・シンベル神殿は「世界遺産を守る」という象徴的な存在となる。
小説では移設前のアブ・シンベルを訪れています
『ナイルに死す』は1937年に書かれているので、現在の神殿の場所とは異なります。
そういうのも味わい深いですね。
対照的なリネットとジャクリーヌ
「ナイルに死す」のリネットやジャクリーヌを見ていると、彼女たちがどのようにして自分の人生を狂わせてしまったのか、または狂わされてしまったのかを考えさせられます。
彼女たちの行動や選択がもたらした結果は、悲劇です。
リネットは、富と美貌、そして社会的な地位を持っているため自信に満ち溢れている。
自分の欲しいものはすべて手に入れられるし思い通り。しかし、彼女が手に入れたものは、美貌もお金も地位も何の役にも立たない破滅の道でした。
一方、ジャクリーヌは、サイモンに対する愛があまりにも深すぎたために、彼女の人生も壊れ始めます。
愛する人のため、彼女は最も極端な手段に訴えることになり、その結果として自分自身も破滅の道をたどります。
その最もたる愛がラストシーンで描かれていたように思います。
お金や自由、誇りや自尊心について
お金や自由、誇り、自尊心といったものは、人生において重要な要素ですが、それらがどのように使われるかによって、幸福にも不幸にもなり得ますね。
【お金や自由】
お金は多くの自由をもたらす手段となりますが、それ自体が幸福を保証するものではないようです。
リネットは財産に恵まれていましたが、それゆえねたまれることも多く、完璧に彼女を守るものとはなりません。
お金や自由は、純粋な価値観や人間関係と結びついて初めて、その真価を発揮するのかもしれません。
【誇りや自尊心】
誇りや自尊心は、人間が自分を大切にし、自分の行動に責任を持つために必要な要素です。
しかし、これらが他人への支配欲や過度な自己中心性に変わってしまうと、他人との関係を悪化させることになります。
ジャクリーヌのように、誰かを愛しすぎてしまうと、誇りが過度な執着に変わってしまい、自滅的な行動に走ることになり得ます。
人生を狂わせないために
人生を狂わせないためには、自分自身の価値観をしっかりと持ち、他人との健全な関係を築くことが大切ですね。
また、物質的な豊かさや他人の愛情を得ることに固執するのではなく、自分自身の内面の成長や自分にとって本当に大切なものを見極めることが重要になってきます。
他人と比較するのではなく、自分がどのような人間でありたいかを考える。
また、他人を支配しようとするのではなく、相手を尊重し、お互いに尊敬し合う関係を築くこと。
これらが長い目で見たときに本当に大切なことだと思います。
物語を通して、アガサ・クリスティーは、愛や欲望、権力、そして人間の脆さを鋭く描いており、それが読者にとって深い考えを促す要素となっているんじゃないかと感じました。
ポアロの言葉「未来を見るのです」
ポアロは、どんな状況でも冷静に考え、感情に流されずに物事を判断する人物。
事実だけを見るから、時に冷淡にも感じられましたが、リネットやジャクリーヌに対する厳しい指摘も、実は彼女らの本当の幸せや真実を見つめるためのものでした。
「過去を忘れるのです」
「未来の方を向くのです」
「起きたことは仕方ありません」
「恨んでみても始まらないのです」
「過去の行為の結果を受け入れることしかない」
「一番大事なのは心理なのですよ」
ポアロの言葉は、単なる慰めや表面的なアドバイスではなく、彼の冷静な視点から導かれた真理そのもの。
彼の厳しさの裏には、彼女たちが自分の人生をより良い方向に進めるための強い願いが込められていました。
ポアロの助言は辛辣ですが、それは本当に大切なものを見失わないためのもの。
それらの言葉は、私たちにとっても、過去の過ちや痛みから解放され、前向きに生きるための道しるべのように感じました。
「ナイルに死す」に登場する3つのホテル
さて、次は老舗ホテルの紹介です。
読書を通じて、物語に出てくる遺跡や避暑地、老舗の高級ホテルなどを知るのも楽しみの一つですよね。
今回出てきたホテルは以下の3つです。
1. オールド・カタラクト・ホテル(Old Cataract Hotel)アスワン, エジプト
現在は「Sofitel Legend Old Cataract Aswan」という名称に変更
- オールド・カタラクト・ホテルは、エジプトのアスワンにある歴史的な高級ホテル。
- 1899年に開業。
- ヴィクトリア朝とアラビア風の建築が融合したデザインが特徴。
- ホテルからはナイル川とアスワンの壮大な風景が楽しめる。
カタラクト・ホテルでの滞在中に、アガサ・クリスティーはナイル川やエジプトの風景からインスピレーションを得て、『ナイルに死す』の物語を形にしたそうです。
そのため、アガサ・クリスティーのファンにとっては特別な訪問地となっています。
アガサ・クリスティー以外にも、ウィンストン・チャーチルやツタンカーメンの墓を発見したハワード・カーターなど、数々の著名人が滞在したホテルのようですよ。
2. ホテル・ダニエリ(Hotel Danieli) ベネチア, イタリア
- ホテル・ダニエリは、14世紀に建設されたドゥカーレ宮殿(Doge’s Palace)を改装した建物。
- ゴシック様式の豪華な建築が特徴で、特に大理石の階段や広々としたロビーが有名。
- ベネチアの中心部、サン・マルコ広場のすぐ近くに位置し、ベネチア・ラグーンを見渡すことができる絶好のロケーション。
- 5つ星ホテル
このホテルは登場人物たちがイタリアを旅する際に宿泊する場所として描かれています。
3. メナ・ハウス・ホテル(Mena House Hotel) カイロ, エジプト
現在メナ・ハウス・ホテルはマリオット・インターナショナルが運営。
正式名称は「Marriott Mena House, Cairo」です。
- メナ・ハウス・ホテルは、カイロのギザに位置し、ギザのピラミッドを間近に望むことができる歴史的なホテル。
- 1869年に設立。
- メナ・ハウス・ホテルは元々、エジプトのイスマイール・パシャの狩猟用のロッジ(狩猟小屋)として建設された。
- ホテルの名前「メナ・ハウス」は、古代エジプトの伝説的な王、メネス(Mena)にちなんで名付けられる。
- 1886年にホテルに改装。
- ムーア様式とビクトリア様式を融合させたデザインが特徴。
- エジプトの豊かな文化と歴史を感じさせる豪華なリゾートとして知られています。
このホテルは、物語の初めに登場し、登場人物たちが観光を楽しむ際に宿泊する場所として描かれています。
メナハウス・ホテルを題材にした
エリカ・ルース・ノイバウアー著『メナハウス・ホテルの殺人』という小説もありますね。
これらのホテルにいつの日か私も泊まってみたい、とそういう夢も膨らみます。
「hush-hush house」の意味
小説の後半で、事情聴取の時に、
「ここは「ハッシュハッシュハウス」(スパイの隠れ家)だから、安心して話してください」というような場面があります。
話すことで自分の立場が悪くなる人に、殺人以外のことは全て内密にしますから安心して話してください、という意味で声をかけています。
ちなみに
これは「静かにする」「黙る」という意味の動詞や、静けさを示す名詞として使われます。また、誰かに「静かにして」と言うときにも使われます。例えば、「Hush, don’t wake the baby.」と言うと、「しー、赤ちゃんを起こさないで」という意味です。
これは「秘密にする」「極秘の」という意味の形容詞句や副詞句として使われます。たとえば、「It’s a hush-hush project」と言うと、「それは極秘プロジェクトだ」という意味になります。この場合、「Hush Hush」は情報や行動を秘密にすることを強調しています。
つまり、「Hush」は「静かにする」という意味が中心ですが、「Hush Hush」は「秘密にする」や「極秘の」という意味で使われ、ニュアンスが異なります。
「スパイの活動や極秘の活動が行われる場所」という意味で使われることがある。
このような表現が日本語に翻訳されるときに、「スパイの家」や「秘密の場所」と訳されるようです。
『ナイルに死す』での使われ方は「内緒内緒の家/ スパイの隠れ家」
「ちょっとした悪いことは罪に問いません」・・というお約束をもらい、どんどん目撃証言が集まり始めます。
感想まとめ
今回は映画で内容を知っていたので、犯人探しをしなくてすんだ分、人の言動と行動の結びつきに注目しながら読むことができました。
ほとんどの登場人物に、それぞれの思惑があり、裕福さについても必ずランク付けをし自分より上か下かで人付き合いをする。
このような人間関係の微妙な駆け引きが、物語全体に緊張感をもたらしていました。
登場人物たちの中には、他人を利用しようとする者もいれば、自分の地位を守るために必死になる者もいます。
その結果、彼らの行動や選択が複雑に絡み合い、事件を一層混迷させていく・・・。
そんな中、遺跡やナイル川クルーズ旅、泊まってみたい老舗ホテルなどが登場すると、あっという間に旅行気分。
そもそもエジプトという地がミステリアスな響きがあり、探偵小説にはぴったりの雰囲気です。
そうそう、映画と小説のラストはちょっと違っていました。
といっても結果は同じなのですが、描かれ方は小説の方が好きでした。
『ナイルに死す』はミステリー、心理描写、エジプトのナイル川や古代遺跡を同時に楽しみたい人におすすめの1冊です。
ということで、アブ・シンベルの神殿のプチ詳細をお伝えします