独特なタイトルに惹かれて手に取った一冊
アグラヤ・ヴェテラニーの
『その子どもはなぜ、おかゆのなかで煮えているのか』は、まっすぐ心に届く物語です。

語り手はサーカス団の一員として家族で各地を転々とする少女。
子どもの目線で描かれる日々は不安定で、どこか幻想的で、時に残酷です。
けれど、何かを説明しようとはせず
ただ「感じたままを言葉にする」語りには、不思議なリアリティがありました。
今回は、そんなアグラヤの作品を読んで感じたことを、自分なりに素直に綴ってみようと思います。
邦題:『その子どもはなぜ、おかゆのなかで煮えているのか』
著者:アグラヤ・ヴェテラニー
翻訳:松永美穂
出版社:河出書房新社
邦訳版出版日:2024年9月30日
ページ:216ページ
Original title: Warum das Kind in der Polenta kocht
Author: Aglaja Veteranyi
Original language: German
Country of publication: Switzerland
Year of publication: 1999
もくじ
アグラヤ・ヴェテラニーのプロフィール

アグラヤ・ヴェテラニーはルーマニア生まれですがスイスに亡命
そして、ドイツ語で創作した作家です。
アグラヤ・ヴェテラニー(Aglaja Veteranyi)
・1962年ルーマニアの首都ブカレスト生まれ
・サーカス一家に生まれる
・1967年に家族と亡命
・サーカス興行で各地を巡る
・1977年スイスのチューリヒに定住
【亡命理由】社会主義体制下で政治的・文化的な抑圧が強まり、自由な生活が困難になってきたため。
ドイツ語を学ぶ
スイスではドイツ語を学び、俳優として活動したり、その後、記事を書いたり小説を書くようになります。
スイスは多言語国家で
ドイツ語(約60%)
フランス語(約20%)
イタリア語(約8%)
ロマンシュ語(0.5%未満)が話されています。
ドイツ語は主にチューリヒやベルン、フランス語はジュネーヴやローザンヌなどの都市で使われています。
代表作は
1999年の『その子どもはなぜ、おかゆのなかで煮えているのか』
・2002年、39歳で自ら命を絶つ。
遺作となった『最後の呼吸の棚』は未完のまま死後に刊行された。彼女の作品は、今も読む人の心に寄り添い続けている。
タイトルにあるPolenta(ポレンタ)とは?

ドイツ語の原題は
『Warum das Kind in der Polenta kocht』
英語タイトル
『Why the Child Is Cooking in the Polenta』
日本語タイトル
『その子どもはなぜ、おかゆのなかで煮えているのか』
タイトルに出てくるPolenta(ポレンタ)とは
イタリアや中東欧で親しまれているトウモロコシ粉を練って作る料理です。粘り気がありクリーミーな食感が特徴で、日本のおかゆに少し似ています。
ルーマニアでは
ポレンタは、ルーマニアでは「ママリガ(Mămăligă)」としても知られており、著者の故郷でも日常的に食べられている料理のようです。
アメリカ南部では
「グリッツ(Grits)」というトウモロコシ粉を煮た料理があります。
『ザリガニの鳴くところ』でも、主人公の少女がそんな料理を口にしていた場面があったのを思い出しました。
日本語訳ではわかりやすく「おかゆ」と訳されています。
地域は違えど、どこか似たような食文化があるのは面白いですね。
簡単あらすじ

サーカス芸人の家族に生まれた少女が、移動生活の中で感じる不安や孤独、そして家族との関係を、子どもの語り口で描いた物語。
母の芸は、自分の髪の毛でぶら下がるという命がけの芸。
いつも死と隣り合わせのその姿を、少女は「おかゆの中で煮えている子ども」というメルヒェンを通して、恐怖や現実を回避したり、受け止めようとします。
なんともいえない切なさが胸に込み上げてきます。
心で読むために生まれてきた文学

読み始めてすぐに気がつくのが、独特な文章と独特な間。
・一文が短く断片的
・言葉の繰り返しが独特のリズムを生み出す
・感情を抑えたような淡々とした語り口
それゆえに、
こういう体験は不安だっただろうな
そういう時はおかゆの話を思い出して気を紛らわせるのね
お父さんやお母さん、お姉さんのことを、そういうふうに見ていたんだね
と、どれも頭ではなく、心に直接響いてきます。
技巧や構造、伏線の妙などとはまったく別の軸で、人の感じたことそのものが、まっすぐにページに落とされています。
頭で考えるというより、心で読む本。それが率直な感想です。
表紙の絵|レオノーラ・キャリントン作《Darvault》
日本語翻訳版に使われている表紙は、
レオノーラ・キャリントン(Leonora Carrington)による《Darvault》という作品です。

《Darvault》は発音に近づけると「ダルヴォー」と読むみたいですね。
レオノーラ・キャリントン(1917–2011)
イギリス生まれ
若くして芸術の世界に入り、やがてシュルレアリスム(超現実主義)の流れに加わりました。
- 1917年生まれ、イギリス出身の画家・作家
- シュルレアリスムの女性アーティスト
- 戦争の混乱の中で大切な人を失い、精神的な苦難を経験
- その後、メキシコに移り住み創作を続けた
異国の文化と混ざり合いながら生まれた彼女の作品は、どこか夢のようで、でも深いメッセージを秘めた幻想的な世界観が広がっていますね。
まとめ
アグラヤ・ヴェテラニーのこの小説は、特別な仕掛けや大きな展開があるわけではありません。
その分、まっすぐで飾らない語りと、言葉にならない思いがじんわりと心に残る、そんな不思議な魅力を持った一冊でした。


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