感想|観光客の知らないタイを描いたラッタウット・ラープチャルーンサップ著『観光』という短編集読んだ

タイ出身の作家

ラッタウット・ラープチャルーンサップ(Rattawut Lapcharoensap)

による短編集『観光』を読みました。

著者は1979年シカゴ生まれ、タイのバンコク育ち。

「観光」は2005年に英語で発表され、タイを舞台にしたさまざまな短編が収録されています。

邦 題: 観光
原 題:Sightseeing
訳 者:古屋美登里
ページ数:320ページ
早川EPI文庫

タイトルからは観光地の明るいイメージを抱きましたが、実際には観光客が表面的に見るタイではなく、現地の人々の等身大の姿や、地元の文化的背景が巧みに描かれています。

特に「親子の絆」というテーマが際立っており、10代の思春期の目線で描かれた親への思いが、物語全体で重要な役割を果たしていると感じました。

親子の微妙な関係や、愛と義務の狭間で揺れ動く心情は、きっと国境を越えて共通する感情でしょう。

また、登場人物たちが抱える葛藤は、もしかすると私自身の内面にある葛藤と重なる部分があるのかもしれません。

こうした思いを抱きつつ、これから7つの短編エピソードについて感想を綴っていきたいと思います。

短編集の概要

『観光』は、7つの短編によって紡がれています。

どれもほぼ同じページ数ですが、最後の「闘鶏師」だけは少し長めです。

タイトルには邦題を記載し、カッコ内に英語の原題を添えています。

1. 「ガイジン」 (Farangs)


タイのビーチリゾートを舞台に、地元の少年の目を通して、一時的に訪れる外国人観光客(ガイジン)を描いた物語です。

少年の家族は、観光業を生業としており、観光客との接触は日常の一部。

ガイジンとの接触を通じて感じる憧れや疎外感、反発など、さまざまな感情を抱きながら成長していく様子を描いています。

2. 「カフェ・ラブリーで」 (At the Café Lovely)


物語の舞台は、バンコクの街中にある「カフェ・ラブリー」というネオンが煌めく夜の場所です。

都市部における経済的な格差や社会の厳しさが、兄弟の関係を通じて描かれています。

兄弟の絆が強調される一方で、貧困や厳しい現実に立ち向かわなければならない彼らの葛藤も大きなテーマです。

3. 「徴兵の日」 (Draft Day)

タイの伝統的な徴兵制度に従い、若者たちが徴兵検査を受ける日が描かれています。

どのようにして兵役が決まるかというと、くじ引きで決まるのです。

赤い札を引けば、2年間の兵役が待っている・・・。

そのため、若者たちやその家族は、この日を非常に緊張しながら迎えます。

ここでも、彼らの葛藤が深く描かれています。

4. 「観光」 (Sightseeing)

タイトルにもなっている物語では、だんだんと視力を失っていく母親と、その息子の最後の旅行が描かれています。

おそらく、母がまだ目が見えるうちに行ける最後の旅となるのでしょう。

どこの国の母親も、我が子に対する思いは同じだなと強く感じました。

5. 「プリシラ」 (Priscilla the Cambodian)

移民がテーマの物語です。

タイの男の子と、カンボジアから移民してきた女の子プリシラを中心に描かれています。

家族と共にタイへ移り住んだプリシラたちは、異国で生きることの難しさに直面しながらも、前に進もうとする強さを持っています。

でも、どうしても自分たちの思いだけでは変えられない現実がある。

それを恨むのではなく、受け入れて生きていくという、生き抜くための強さを感じました。

6. 「こんなところで死にたくない」 (Don’t Let Me Die in This Place)


この物語の主人公は、アメリカからタイに移り住んだ老人です。

しかし、タイでの生活は彼にとって本意ではありません。

なぜタイにやってきたかというと、息子家族が暮らしている場所だからです。

さらに、老人は介護が必要な体であるため、異国での生活に疎外感や不安を抱えています。

老いと異文化の狭間で揺れ動く老人の心情が、深く描かれた作品です。

読了後、このタイトルにはなかなかユーモアがあると感じました。

7. 「闘鶏師」 (Cockfighter)


父親が闘鶏に没頭し、だんだんと家庭崩壊を招きかねない危うさを、少女目線で描いています。

地元のチンピラとの関係も息が詰まりそうな雰囲気が漂っています。

ずっとここで暮らしていく以上、こうした避けて通れない人間関係に対する重圧を強く感じさせられました。

まとめとおすすめの人

『観光』は、タイの観光地の裏にある人々の生活や文化的な葛藤を描いた短編集です。

家族の絆、異文化間の摩擦、老いや移民労働者の苦悩といったテーマが感情に強く訴えかけ、どの国や文化にも共通する普遍的なメッセージを持っています。

私は最後の「闘鶏師」が心に残りました。

この本は人間ドラマや異文化理解、社会的なテーマに関心がある方におすすめします。

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