『乙女の本棚』第42弾、江戸川乱歩(著) × まくらくらま(イラスト)の絵本のような小説『目羅博士の不思議な犯罪』を読みました。
ストーリーに寄り添う青みがかったグレー色のイラストが、不気味な世界をよりいっそう際立たせていて、読了後もなんとも言えないざわつくような感覚が残ります。

これは、犯罪のトリックや謎解きの面白さというよりも、月光に照らされた奇妙な世界をのぞき込んでしまったかのような読後感。
池は鏡となり、月光は妖術のように世界を変え、義眼は何を見つめているのか……?
この物語は単なる探偵小説ではなく、幻想と奇怪さが混じり合った独特の世界観です。
短編なので一気に読み終えましたが、何か心に引っかかるものが残り、読了したはずなのにまだ続いているような気分・・・。
今回はまくらくらまさんのイラストの魅力も味わいながら『目羅博士の不思議な犯罪』の感想を綴っていきます。
書籍情報
タイトル:『目羅博士の不思議な犯罪』
著 者:江戸川乱歩
イラスト:まくらくらま
出版社:立東舎(乙女の本棚シリーズ)
発行日:2024年10月18日
『目羅博士の不思議な犯罪』の初版は1931年4月です
簡単あらすじ

探偵小説を書いている「私」は、ストーリーに行き詰まり、気分転換に東京市内をぶらつくうちに、気づけば上野動物園に辿り着いていた。そこで妙な人物と出会い、物語が動き出す。
その人物は長い髪に青白い顔をしており、どこか哲学者の雰囲気を漂わせる青年だった。閉館間際、彼はふと「猿とはどうして相手の真似をしたがるんでしょうね」と私に話しかけてきた。
妙に彼に惹かれ、話を聞いているうちに気づけば奇妙な世界へと足を踏み入れていた。
満月と模倣の宿命
物語の中心となる青年は、ただの青年ではない。
池の水面を「巨大な鏡」のように見立てたり、月の光を「妖術」みたいに感じていたり――彼の言葉にはどこか幻想的な響きがあり、美しい比喩の中に、じわじわと得体の知れない怖さがにじみ出ている。
しかも、彼は妙に満月の光を恐れている。

ただの比喩かと思いきや、話を聞くうちに、それが単なる空想では済まされないもののように思えてくるから、私もいつの間にか、すっかり青年の話に引き込まれてしまっていた。
最初に動物園で猿の話が出てくるけれど、その後も青年は「猿は神から『模倣する本能』を授けられた」と言い続ける。人間だって同じ。人間も人真似をする悲しい恐ろしい宿命を持っていると。
彼の話を聞いているうちに、それが単なる比喩ではなく、もっと根源的で抗いがたい宿命のように思えてくる。
妖しく美しいものほど、どこか恐ろしい。
そんな感覚が、読み終えた後もじわじわと残り続ける物語でした。
目羅博士(めらはかせ)

タイトルにもなっている「目羅博士」の登場の仕方は、私にとって意外なものでした。
短編だからか、さーっと出てきて、さーっと去っていった印象です。でも、それがかえって博士の謎めいた存在感を強くしている気がします。
目羅博士の人生をもっと知りたくなります。幼少期や、哲学書・心理学・犯罪学に興味を持っていたことなど、どんな背景があったのか想像すると、さらに奥深く感じられます。
まくらくらまさんのイラストがもたらす色の魔術
今回読んだのは立東舎「乙女の本棚」シリーズのまくらくらま×江戸川乱歩コラボ版。これがまたすごくいい。
まくらくらまさんはヨーロッパアンティークがお好きなこともあり、モザイク画や西洋絵画を思わせる世界観、小説が醸し出す仄暗い幻想世界を見事に表現されていました。
引用された作品と人物
作中ではイギリスのコナン・ドイルの『恐怖の谷』や、フランスの社会学者タルドも引用されており、物語の不気味さを何倍にも増幅させていたように思います。

アーサー・コナン・ドイル(Arthur Conan Doyle, 1859-1930)は、イギリスの作家・医師。世界的に有名な探偵シャーロック・ホームズを生み出した。晩年は心霊現象やオカルトに強い関心を持ち、心霊研究にも熱心だった。
ガブリエル・タルド(Gabriel Tarde, 1843-1904) フランスの社会学者・犯罪学者。『模倣(imitation)』の概念を軸に、人間社会や犯罪行動を研究した。代表作に『模倣の法則』(Les Lois de l’imitation, 1890)がある。
まとめ

『目羅博士の不思議な犯罪』は、短編ながら強烈なインパクトがある作品です。
月光と鏡の幻想的な世界と青年の奇妙な視点が作り出す不気味で不思議な短編。読後に何とも言えないざわざわした気持ちが残るのは、やはり乱歩ならでは。
探偵小説を期待すると驚くかもしれないけど、幻想的で魔術的な雰囲気が好きな人には、ぜひ読んでほしい作品です。


次は同じく幻想的な雰囲気を持つ「押絵と旅する男」や「人間椅子」も読んでみようかな