感想『キス・キス』―ロアルド・ダールのブラックユーモアに戦慄する11の短編

ロアルド・ダールの『キス・キス』を読み終えました。

この小説は、日常的な物語に見えながらも、次第に不気味で奇妙な展開へと読者を引き込む、ブラックユーモアが光る一冊です

最初は穏やかで親しみやすいストーリーが、ページを進めるごとに不気味で恐ろしい展開に変化し、思いがけない形で怖さや異常性が浮かび上がってきます。

後半になるにつれ、だんだんと「これはもしかして…?」と予測できてしまう部分にはブラックユーモアを感じ、予想外に展開するストーリーには恐怖を覚えました。

こうして二つの感情を味わいながら、最後まで引き込まれて読了しました。

とても面白い作品だったので、ここから各エピソードの感想を述べていきたいと思います。

タイトル『キス・キス』
著者:ロアルド・ダール
訳者:田口俊樹
出版社:早川書房
発行日:2014年
ページ数:393ページ
文庫本 短編集

Title『Kiss Kiss』
by Roald Dahl
1953,1954,1958,1959

『キス・キス』目次

この短編集は11の物語で形成されています。
各感想をまとめました。

1、女主人
 (The Landlady)
若い旅行者がたどり着いた静かな宿で、親切な女主人と出会いますが、彼女の“おもてなし”の背後には恐ろしい秘密が隠されていて…。どこか馴染みのあるストーリーで、第一章にふさわしい作品だと感じました。

2、ウィリアムとメアリー
 (William and Mary)
死後の実験に巻き込まれた夫ウィリアムと、残された妻メアリーの予想を超えた不気味な物語。夫の死後に遺言を一切無視するメアリーの変わり身が、読んでいて愉快でした。

3、天国への道
 (The Way Up to Heaven)
病的に時間にこだわる妻が、意地悪な夫への復讐を果たすために思わぬ行動に出る。シンプルながら強烈な結末が印象的です。“天国”という含みのあるタイトルが、物語の皮肉を一層引き立てているように感じます。

4、牧師の愉しみ
(Parson’s Pleasure)
まさに『ミイラ取りがミイラになった』ような皮肉なお話。主人公の企みが逆に自分に跳ね返ってしまう展開に、思わずにやけてしまいました。

5、ミセス・ビクスビーと大佐のコート
 (Mrs. Bixby and the Colonel’s Coat)
浮気相手から贈られた高価な毛皮。しかしこれを家に持ち帰ると夫に問い詰められる。そこで夫に怪しまれずに手に入れるにはどうしたらいいかと画策する妻。だがその計画には思わぬ皮肉な結末が待っていた。いわゆる「自分で蒔いた種」。気の毒だけれどクスッと笑ってしまいました。

6、ロイヤルゼリー
 (Royal Jelly)
蜂に夢中な夫が、生まれたばかりの軟弱な赤ん坊に「ロイヤルゼリー」を与え始め、予測不能な結果が家族に降りかかる。皮肉なストーリーの中で蜂の生態が学べる貴重なお話です。

7、ジョージー・ポージー
 (Georgy Porgy)
母親からの影響でトラウマを抱えたまま成長した男の物語。彼が現実と妄想の境界を失い、心理的な限界を超えていく様子が描かれています。曖昧で不気味なまま終わるところが、ダールらしいブラックユーモアだと思いました。

8、始まりと大惨事―実話―
(Genesis and Catastrophe  A True Story)
タイトルに『実話』とある通り、史実に基づいた人物の誕生が描かれています。物語では、両親が子どもの無事な誕生をどれほど待ち望んでいたかが強調されますが、この子が後に辿る運命を事前に知っていると、不気味さが一層際立ちます。誰であるかは、登場する名前を調べればすぐにわかる人物です。

9、勝者エドワード
 (Edward the Conqueror)
「Conqueror」は「征服者」や「勝者」を意味しています。ではエドワードが何に勝利したのかというと、「妻の思い込みと猫」に対してです。しかしエドワードが「勝者」であったとしても、その勝利は痛々しく、ダール特有の皮肉が効いています。

10、豚 (Pig)
このストーリーは全く予想外の展開でした。『なぜそんな信じがたい話を受け入れてしまうのか?』という場面もあり、純粋な心は美しいけれど、それが無知や無防備な善意につながると、自分の身を滅ぼすことになる、というテーマが込められているように感じました。とにかく、結末には驚かされました。

11、世界チャンピオン
 (The Champion of the World)
町の名士の鳥猟大会を台無しにする計画を立てる男二人。その裏にある計画が最後の最後に驚きの展開を見せる。皮肉というよりコントのような面白さがありました。

『キス・キス』読後感―じわりと広がる皮肉と不気味さ

『キス・キス』を読了して、一言で感想を述べるなら『面白かった』に尽きます。しかし、皮肉の効いた話が多い分、後には独特の余韻が残るのが印象的です。

この中で、不気味さがいちばん強く心に残ったのが『豚』。まるでイヤミスのように、読後の消化不良がじわりと広がる作品でした。

一方で、皮肉が心地良く響いたのは『牧師の愉しみ』ミセス・ビクスビーと大佐のコート』。純粋で無垢な人物ほど、皮肉や悲劇に巻き込まれてしまうのがなんとも印象的で、最後の一行でゾッとすることも。

ダールの短編集は、読んだあとにじわじわと心に残る不気味さと独特のユーモアが特徴ですね。

ロアルド・ダール紹介

ダールには、映画『チャーリーとチョコレート工場』の原作『マチルダはちいさな大天才』など、子ども向けの冒険作品が数多くありますが、ブラックな風刺や独特なユーモアが効いた作品も手がけ、大人の読者にも人気を博しています。

以下、簡単に年表をまとめてみました。

ロアルド・ダール
Roald Dahl
ノルウェー系イギリス人
児童文学作家
1916年9月13日 イギリス南ウェールズ生まれ
1990年11月23日 オックスフォードで永眠


幼少期期~青年期(1916~1930年)
 南ウェールズで育ち、その後イングランドのレプトン・スクールで学ぶ。

東アフリカ(1930年代)
高校卒業後、シェル石油に就職し、東アフリカ(現在のタンザニア)で働く。

第二次世界大戦中(1930~1940年)
戦争が始まると、彼はイギリス空軍に入隊し、パイロットとして活動する。

アメリカ滞在(1940~1950年代)
戦後はアメリカに移住し、ワシントンD.C.で一時的に外交官としても働きながら執筆活動を開始する。1953年に女優のパトリシア・ニールと結婚。

イギリス帰国(1960〜1980年代)
家族でイギリスに戻り、イングランド南部のバッキンガムシャー州にある自宅で暮らし、創作活動を続ける。1983年パトリシアと離婚。その後フェリシティー・クロスランドと再婚。

晩年1990年代)
オックスフォードの病院で74歳で永眠。ダールの作品は多くの人々に愛され、今でも世界中で読まれ続けている。

経験が作品に生まれ変わる

ダールがレプトン・スクールに通っていた頃の経験は

原題『Charlie and the Chocolate Factory』(1964年)
邦題では『チョコレート工場の秘密』
ティム・バートン監督映画では『チャーリーとチョコレート工場』

のアイディアになったそうです。

また、第二次世界大戦中にパイロットとして従軍した経験は
『飛行士たちの話』の着想になったようです。

ロアルド・ダール博物館

The Roald Dahl Museum and Story Centre

ロンドン郊外のバッキンガムシャーには、ロアルド・ダール博物館があるそうですよ。

この博物館は、ダールが亡くなるまでの36年間、実際に住んでいた家で、いつか訪れてみたいなと思います。

こんな人におすすめです


ブラックユーモアや皮肉の効いた物語が好きな方、不気味な雰囲気や予測できない結末を楽しみたい方におすすめです。

ダールの独特な視点を通して、人間の心理の裏側に迫るスリルを感じたい人にぴったりの一冊です。

thank you