もし自分と瓜二つの人間に出会い、その人の人生を突然背負わされてしまったら・・・。
そんなドキリとする場面から始まるのが、
ダフネ・デュ・モーリアが1957年に発表した小説『スケープゴート』です。

「入れ替わり」という古典的な仕掛けを使いながらも、単なるサスペンスにとどまらず、人間の心理やアイデンティティの揺らぎを鋭く描いていくのが本作の魅力。
読み進めるうちに不安と緊張感がじわじわ広がり、物語にのめり込み、時間を忘れて読み進めてしまいました。
ではさっそく感想を綴っていきたいと思います。
タイトル:『スケープゴート』
著者:ダフネ・デュ・モーリア
翻訳:務台夏子(むたい なつこ)
出版社:東京創元社(創元推理文庫)
文庫:558ページ
Title: The Scapegoat
Author: Daphne du Maurier
Country of Publication: United Kingdom
Year of Publication: 1957
Genre: Psychological suspense / Mystery
もくじ
簡単あらすじ

イギリス人教師ジョンは、旅先のフランスで自分と瓜二つのフランス貴族、ジャンに出会う。
一晩を共に過ごした翌朝、目を覚ますと荷物も身分証も奪われ、気づけば伯爵本人として屋敷に迎え入れられていた。
そこには冷たい妻、複雑な事情を抱える家族、莫大な借金、そして屋敷に漂う不穏な空気。
正体を明かせば破滅、しかし演じ続けても破綻は時間の問題。
逃げ場のない状況の中で、ジョンは次第に「他人の人生を生きる」という恐るべき重圧にのみ込まれていく。
「他人の人生」を羨んだ先に待っていたもの
主人公のジョンは、どこか虚無感を抱えた英国人の教師。
旅先で出会ったフランス人伯爵ジャンの生活は、自分には到底届かない「華やかな世界」に見えました。家族や屋敷、社会的地位。一見すると羨ましいものばかりに映ったのです。
ですが、思いがけず、その華やかそうなジョンの生活を背負わされ、中に入ってみると様相はまったく違い・・・。
立派な屋敷には冷え切った空気が流れ、家族関係は複雑で、背後には借金や秘密が重くのしかかっています。
羨望はすぐに不安へと変わり、「他人の人生を演じ続ける恐怖」がじわじわとジョンを追い詰めていきます。
この落差こそが『スケープゴート』の面白さであり、人間の「表と裏」を鮮やかに描き出しています。
外から見れば輝いて見える人生も、内側に入れば孤独や葛藤が潜んでいる。そんな普遍的なテーマが、この物語に強いリアリティを与えていると感じました。
信仰と欲望|作品に流れる二つの力

『スケープゴート』を読みながら強く感じたのは、作品全体にキリスト教の影が差しているということです。
磔刑図や告解、祈りといった場面が要所要所に出てきて、物語に独特の重みを与えています。
けれど同時に、その背後では人間の欲望がむき出しに描かれているのも印象的でした。
愛すること、支配したい気持ち、嫉妬や憎しみ。そうした生々しい感情が、信仰と並んで人間を突き動かしている。
祈りと欲望が同じ地平でせめぎ合っているような、この小説ならではの空気が、読み終えてからも心に残りました。
タイトルの「スケープゴート』とは?

スケープゴート」という言葉は、旧約聖書『レビ記』に登場します。
人々が自分たちの罪を山羊に背負わせ、荒野に追いやる。
そんな儀式から生まれたものです。
そこから転じて、現代では「身代わり」や「責任を押し付けられる存在」という意味で使われています。
デュ・モーリアの小説タイトルも、この宗教的なモチーフを踏まえていて、物語を読み解く大切なヒントになっています。
小説との関わり
ダフネ・デュ・モーリアの『スケープゴート』では、主人公ジョンがフランス人伯爵ジャンのそっくりさんとして、その人生を押し付けられる形になります。
つまりジョン自身が「スケープゴート=身代わり」になってしまうわけです。
しかもそれは単に「外見が似ていたから」という偶然にとどまらず、人間関係のしがらみや欲望の犠牲になっていくという構造に重なっていきます。
信仰の影と、人間の欲の濁流の中で、「誰が本当の罪を背負うのか?」という問いが立ち上がってくるのです。
ダフネ・デュ・モーリア |プロフィール
ダフネ・デュ・モーリア
Daphne du Maurier(1907–1989)
イギリス生まれの小説家
代表作『レベッカ』や短編『鳥』はアルフレッド・ヒッチコック監督によって映画化され、世界的に知られるようになりました。
作品にはゴシック的な雰囲気と心理サスペンスが色濃く漂い、人間の欲望や不安を巧みに描き出すことで読者を惹きつけます。
メナビリー荘園とデュ・モーリア
ダフネ・デュ・モーリアはイギリス南西部コーンウォール州の メナビリー荘園(Menabilly Estate) に長く住んでいました。
メナビリーは17世紀から続く貴族ラシュリー家(Rashleigh family)の邸宅で、彼女の創作に欠かせない拠点となった場所です。
代表作『レベッカ』に登場するマンダレー館のモデルも、このメナビリーだと広く知られているそうです。
まとめ
『スケープゴート』は、とにかく面白かった!

これが一番の感想です。
入れ替わりというシンプルな設定なのに、緊張感と不安が積み重なり、人間の欲望や信仰まで浮かび上がってくる。その展開に最後まで引き込まれました。

サスペンスと心理劇の魅力がぎゅっと詰まった一冊でした!