アンデルセンといえば、『マッチ売りの少女』や『みにくいアヒルの子』、『おやゆび姫』といった、誰もが知る童話のイメージが強いですよね。
どの物語も美しく、どこか切なさを感じさせる作品ばかりです。
今回ご紹介する『影』は、そんなアンデルセンの作品の中でも「隠れた名作」とも言われる一作。

童話とは一味違い、不思議で哲学的な雰囲気を持っています。
長島要一さんによるデンマーク語からの新訳で、ジョン・シェリーさんの魅力的なイラスト付き。 まるで絵本のように楽しめる小説です。
そして、この小説を一言で表すなら、『影と人間』の物語。
「思わず『え?』と声が出てしまう結末で、予想もしなかった展開にしばらく思考が止まるほどでした。
今回は、そんな『影』を読んで感じたことをお話ししていきたいと思います。
邦題:あなたの知らないアンデルセン『影』
作:ハンス・クリスチャン・アンデルセン
訳:長島要一
画:ジョン・シェリー
邦訳版発行日:2004年12月20日
出版社:評論社
ページ:65ページ
Original Title: 『Skyggen』
Author: Hans Christian Andersen
Published: 1847
Country: Denmark
もくじ
著者・訳者・画家紹介
作:ハンス・クリスチャン・アンデルセン
(Hans Christian Andersen, 1805-1875)
デンマーク生まれの作家・詩人。『マッチ売りの少女』『みにくいアヒルの子』など、世界的に知られる童話を多数執筆。『影』(1847年)は、彼の作品の中でも特に哲学的な要素を持つ短編。
訳:長島要一(ながしま よういち)
1946年東京生まれ。
コペンハーゲン大学でPh.D(博士号)取得。北欧文学・デンマーク文学の翻訳・研究を手がけ、『森鴎外の翻訳文学』『明治の外国武器商人』などの著書がある。
画:ジョン・シェリー(John Shelley)
イギリス・バーミンガム生まれのイラストレーター。
1987年より日本在住。
初めての絵本『ザ・シークレット・イン・ザ・マッチボックス』でマザーグース賞次点・ペアレンツチョイス賞受賞。
『影』の原題は『Skyggen』|その意味とは?

『影』の原題は『Skyggen』 です。これは デンマーク語 で「影」を意味する言葉。
- Skygge(スキュッゲ) = 影(shadow)
- Skyggen(スキュッゲン) = その影(the shadow)
デンマーク語では名詞に「-n」がつくと 英語の “the” にあたる定冠詞 になり、『Skyggen』は「その影」という意味を持つ。
本作は、アンデルセンが1847年に発表した短編作品で、童話とは異なり、不気味で哲学的な雰囲気を持つ物語だと言われています。
簡単あらすじ

旅の途中、とある学者が「熱い国」に滞在していた。
彼は、向かいのバルコニーに「何か美しいものがある」と感じ、その正体を知りたくなる。
そこで、自分の影に「向こうへ行って何があるのか見てくるように」と命じると、影は建物の中へと消えていった。
しかし、それ以来、影は戻らなかった。
やがて月日が流れ、学者は静かに暮らしていた。
ところがある日、彼の前にかつての影が現れ・・・。
対照的な世界、光と影のコントラスト

『影』の物語では、「熱い国」と「寒い国」 という対照的な世界が描かれています。
それはまるで、何かを象徴しているかのよう。
主人公である学者は寒い国の住人ですが、熱い国での出来事が、やがて彼の人生を大きく変えていきます。
また、学者と影の関係も、光と影のようにコントラストがはっきりしていき、次第にその差が広がっていくように感じられます。
そして物語が進むにつれて、不気味さがじわじわと増していく。
真善美について学者はなげく

学者は「真善美について書いているが、誰も聞いてくれない」と嘆きます。
「真善美」とは何なのか?
- 真(しん)とは、偽りのない真実や誠実さ
- 善(ぜん)とは、道徳や倫理に基づいた正しさや思いやり
- 美(び)とは、調和や芸術性など、心を打つ美しさ
つまり「真善美」とは
「真実・道徳・美しさ」という、人間が追い求める理想的な価値のことです。
学者はこれらを追求していましたが、世間はそれに耳を傾けてくれません。
本当に価値のあるものほど見向きもされず、表面的なものがもてはやされる。
そんな社会を嘆いているようにも感じられます。
学者と影――その境界はどこに?

ある施設で、王女が影に太陽や月のこと、人間の外見や内面について の質問を投げかけます。
しかし、そこにいるのは、かつて学者とともにあった影とはまるで別の存在。
影は堂々と振る舞い、人間のようなずる賢ささえ身につけています。
ここで『影』は単なる幻想的な物語ではなく、人間の内面を映し出す寓話のようにも思えてきます。
影とは、もしかすると学者の「隠れた欲望」や「社会が求めるもう一人の自分」だったのかも・・・。
人は影をコントロールできるのか?

本書を読んで感じたのは、アンデルセンが描く「影」は誰の中にもある ということ。
人は「本当の自分」と「社会が求める自分」を持っている。
もし、「社会が求める自分(影)」が力を持ちすぎると、「本当の自分」が消えてしまうかもしれない。
では、どうすればいいのか?
おそらくそれは、
「自分が飲み込まれないように、影をコントロールすること」
影(周りからの評価)に支配されず、ときには距離を取りながら、本当の自分を見失わないことが大切なのではないかと思います。
まとめ
絵本のような美しいイラストを眺めながら読む小説も、いいものですね。
アンデルセンの異色作『影』は、幻想的でありながら、人間の深層心理を映し出すような不思議な物語でした。
ふと「本当の自分とは?」と考えたくなるかもしれません。


短編ながらも、じっくり考えさせられる物語でした!