19世紀フランスを代表する小説家ギ・ド・モーパッサンの短編『脂肪のかたまり(原題Boule de Suif)』を読みました。
タイトルが少しユニークで意味深ですよね。
フランス語で、Bouleは“かたまり”、deは“の”、Suifは“脂肪”を意味するそうですが、この言葉が物語全体にどのように影響を及ぼしているのか考えると、さらに興味が湧いてきます。ちなみに、日本語では『ブール・ド・スイフ』と発音するのが近いようです。
わずか100ページほどの短編ですが、濃密な内容に心を揺さぶられ、偽善や利己的な態度がもたらす不条理へのモヤモヤが読後に残りました。
物語の背景には普仏戦争(1870〜1871)があり、エリザベートという娼婦を中心に、10人の男女が織りなす偽善と自己犠牲のドラマが展開されます。
この作品を通して感じたことを、これから記していこうと思います。
邦題:『脂肪のかたまり』
著者:ギ・ド・モーパッサン
翻訳:高山鉄男
発行日:2004(第一刷)2023(第十三刷)
出版社:岩波書店/岩波文庫
ページ数:106ページ
タイトルは、岩波書店の訳では『脂肪のかたまり』
光文社、新潮社の訳それぞれでは『脂肪の塊』と少し異なっています。
Original Title: Boule de Suif
Author: Guy de Maupassant
Year of Publication: 1880
Country of Publication: France
ギ・ド・モーパッサンとは?
ギ・ド・モーパッサン(Guy de Maupassant, 1850-1893)
19世紀フランスを代表する自然主義の小説家で、短編小説の名手。普仏戦争の従軍経験や師フローベールの影響を受け、『脂肪のかたまり』『首飾り』など鋭い観察眼と皮肉を込めた作品を多く執筆。短い生涯で300以上の短編や6つの長編を残し、42歳で亡くなった。
誕生と幼少期
1850年8月5日、フランス・ノルマンディー地方のミロメ-ニルで生まれる。
戦争に挑んだ20歳
1870年、20歳のときに普仏戦争に従軍し、ルアン近郊に配属される。
初の大ヒット作
1880年、短編小説『脂肪のかたまり』(Boule de Suif)で文壇に名を馳せる。
読まれ続ける代表作
『首飾り』(La Parure)、『ベラミ』(Bel-Ami)、『女の一生』(Une Vie)などが知られる。
自由を愛した生涯
結婚はせず、生涯独身だったが、認知した子供がいたとされる。
42年の短い生涯
1893年7月6日、パリの精神病院にて死去。
普仏戦争(1870〜1871)の要点
冒頭では、普仏戦争で勝利したプロイセン(旧称プロシャ)軍が北フランスの町ルアンを占領し、フランス市民がその現実に直面する場面が描かれています。
この物語の背景となる普仏戦争について、簡潔にその要点をまとめてみました。
- 戦争の背景
- フランス(ナポレオン3世)とプロイセン(ビスマルク首相)の間で起きた戦争
- ビスマルクがドイツ統一のためにフランスを挑発し、戦争が勃発
- 戦争の経過
- 1870年7月: フランスがプロイセンに宣戦布告
- プロイセンを中心としたドイツ連邦軍がフランス軍を圧倒
- 1871年1月: フランスの敗北。プロイセン軍がパリを包囲
- 結果
- フランスは敗北し、ナポレオン3世が退位
- ヴェルサイユ宮殿でドイツ帝国が成立(ビスマルクの悲願達成)
- フランスはアルザス・ロレーヌ地方をドイツに割譲し、多額の賠償金を支払うことに。
モーパッサンの従軍経験
モーパッサンは普仏戦争(1870〜1871年)の際、約1年間フランス軍に従軍し、この作品の舞台となるルアン近郊に配属されていました。
彼が従事していたのは主に事務職で、最前線で戦闘に参加したわけではありません。
戦場そのものよりも、占領下のフランスでの混乱や、人々が戦争によって受けた苦しみを間近で目にすることが多かったようです。
こうした体験が、モーパッサンの作品に影響を与えたのかもしれません。
道徳や善意が報われない不条理な世界
『脂肪のかたまり』は、普仏戦争のさなか、ドイツ軍の占領下にあるルアンから逃れようとする10人のフランス人を描いた物語です。
物語の舞台は、たった6日間の馬車の旅。
ですが、その短い時間の中で、人間のエゴイズムや偽善、社会的階級の不平等がどんどん明らかになっていきます。
そして、登場人物たちが抱える価値観や道徳の対立が、この小さな馬車という空間をとても緊張感のあるものに変えていきます。
特に、主人公エリザベートの行動は印象的でした。彼女は、自分を犠牲にしてまで他者を助けようとする強い善意と道徳心を示しますが、その結果として返ってきたのは冷たい態度でした。
読み進めるうちに、「どうしてこんなひどい仕打ちができるの?」と、登場人物たちのエゴイズムに対する強い憤りが湧いてきます。
読後は、しばらくエリザベートの涙が頭から離れませんでした。『人間の本質とは何か』というモーパッサンのテーマが、私の心にも静かに響いてきました。
まとめ
『脂肪のかたまり』は、短編ながら人間の本質に迫る力強い作品です。
戦争という過酷な状況の中で、登場人物たちのエゴイズムや偽善が浮き彫りになる一方、エリザベートの持つ善意や道徳心の強さには胸を打たれます。
もし、エリザベートが信念を貫き通していたら……
もし、周りの人々が感謝の気持ちを示していたら……
読後には、何とも言えないモヤモヤとした感情が残りますが、それこそがこの作品の醍醐味。物語の余韻を感じながら、人間とは何かを考えるきっかけを得られることでしょう。
短い物語ですので、ぜひ一度手に取ってみられてください